「食事を楽しむ気持ち」が心身の健康を保つ秘訣です

ものを食べたり飲んだりするときに、口の中のものを胃に送り込む過程を「嚥下(えんげ)」と言います。そして、「誤嚥(ごえん)」とは、加齢やさまざまな病気などが原因で嚥下機能が低下し、食道に入るべきものが誤って気管に入ってしまうことです。誤嚥を防ぎ、元気に過ごすための生活のヒントを、歯科、高齢者歯科、摂食機能障害・リハビリテーションを専門とされている、歯科医師の戸原玄先生に伺いました。

TOPICS

  • 過度に恐れず、これまで通りの適切な口腔ケアを
  • 食事を楽しむことが、心身の健康につながります
  • 夢や目標をもって、元気に過ごしましょう

過度に恐れず、これまで通りの適切な口腔ケアを

摂食嚥下に障害のある方は、日常的に口の中を清潔に保つケアを行っていらっしゃることでしょう。新型コロナウイルスが気になる現状においても、日々のケアをいつも通りに行っていただくことには変わりありません。

口腔ケアを行うこと自体が、新型コロナウイルス感染予防に効果があるという記事を目にすると、いつもよりも入念にケアしなければいけないのかと思うかもしれません。しかし、現時点ではそのような事実は証明されていません。神経質になって過度に行う必要はなく、清潔を心がけ、かかりつけの医師や医療機関に指導されたとおりの適切なケアを、これまで通りに行っていただければ大丈夫です。

口の中を清潔に保つことで、虫歯などのトラブルを防ぐことができます。また、食べものや唾液に含まれている細菌が気管から肺に入り、炎症が生じることで起きる「誤嚥性肺炎」の予防にも効果的です。口の中が汚れていると、就寝中にも誤嚥を繰り返してしまうことがあり、誤嚥性肺炎を発症しやすくなります。

万が一、誤嚥性肺炎を発症して重症化すると、通院や入院、救急外来を要することとなります。現在の医療機関の受け入れ状況を鑑みると、場合によっては適切な処置を受けられない可能性がゼロではありません。かかりつけの医師や医療機関の指導に従ったケアを行い、誤嚥性肺炎の予防にも努めてください。

食事を楽しむことが、心身の健康につながります

新型コロナウイルスを恐れるあまり、体内の免疫を高める食事が必要なのではないか、と不安に感じている方もいらっしゃると思います。しかし、大切なのは、栄養面や嚥下のしやすさばかりにとらわれず、食事の時間を楽しむこと。心から、おいしそう、おいしいと思えるものを召し上がることがいちばんです。「食べることができた」という達成感から得られる喜びも大きいことでしょう。いつもと違う料理を特別に用意する必要はありません。

「食べる」という行為は、栄養を摂取することだけが目的ではなく、気持ちを上向かせてくれるものです。口や喉を通じて胃を動かすことは、体にも良い影響を与え、心にも元気をもたらしてくれます。いつもと変わらずおいしいと思えるものを、そして、ときには気持ちがぐっと盛り上がるような食事を用意するのも良いですね。

食事の際に水やお茶を少し多めに飲むようにしていただき、口の中を潤すことも必要です。高齢者、なかでも誤嚥を経験したことがある方は、水分の摂取量が足りていない場合が多く見受けられます。口が潤っていることで食べやすさが変わるので、ぜひ意識してください。口が乾燥していると、細菌が繁殖したり、食べかすなどの汚れが付着しやすくなったりする原因にもなります。加齢や服用されている薬の影響で、唾液が出にくくなっている方もいます。主治医と相談をして、服用している薬を減らす機会にするのも良いでしょう。

また、家族が食事をとる際に介助を行う必要がある場合は、衛生管理に留意する、時間をずらして一人ずつ召し上がっていただくなど、飛沫感染を防ぐ注意を払ってください。

夢や目標をもって、元気に過ごしましょう

私がこれまで診てきた患者さんのなかで、とても元気な方、皆さんに共通して言えるのが、ご自身の意思があって、やりたいことがあるということです。大きな目標でなくても、例えば、身だしなみを整えたりするだけでも違いますし、畑仕事をやってみたいという身近なものから、宇宙に行ってみたい、という、今すぐには実現できない夢でも良いのです。

目標や夢を持つことで、前向きな気持ちが生まれます。そうすれば、自然と食事がおいしいと感じられるものだと思うのです。毎日を楽しく過ごすことが、食事の楽しさにつながり、元気をもたらしてくれるのではないでしょうか。できるだけ、元気に楽しく生きていくためにはどうしていったらいいかを、みんなで考えていきましょう。



プロフィール

戸原 玄(はるか)先生

東京医科歯科大学 大学院歯学総合研究科 医歯学専攻 老化制御学講座 摂食嚥下リハビリテーション学分野教授

日本摂食嚥下リハ学会認定士、日本老年歯科医学会認定医および認定医指導医、日本老年歯科医学会専門医および専門医指導医。日本老年歯科医学会理事、日本摂食嚥下リハビリテーション学会理事、日本障害者歯科学会評議員も務める。

  • 取材・文/おいしい健康編集部(web取材)

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